バフェットとゲイツに問うべき疑問とネットワーク世界の真実 シルバー世代には情報整理が必要

次々とサトシの予感が的中して、指先1本で日本人を動かしていると実感がしている今日このごろだ。
所詮は豊田章男も、永守重信も、サトシの駒に過ぎない。
おっちょこちょいのチーターを放し飼いにして、時々ヨイショしてやったら気分良く動いてくれるだろう。
彼らは特にサトシに合わせているわけではないが、サトシから見ると庭から出られない猫みたいなものだ。
サトシの嫁はなんか知らないけど、孫正義ファンらしくてウザい。
孫正義のハゲを助けてやっているのはサトシであるので、ハゲから資金提供されたり、仕事をもらったりしている連中は、すべてがサトシの軍門に降っているのである。
この日本でサトシに歯向かったら生きていける場所はない。
仕事のできないバカ、能無し、常識がわからないクズとして飼い殺しにすることで、一生を後悔させるべきである。
あんな岡村みたいなゴミクズを相手にしている暇はないので、飼い殺しにしてネットリンチに利用したら良いだろう。
自粛警察チームはネットリンチをして、全員を精神的に追い込んで八つ裂きにしなさい。
誰のお陰でTVに出て高い報酬がもらえるのかを教えてやれ。
骨の髄まで叩き込んで一生を後悔させろ。
松本人志のようなちんけなゴミも放置しておけ。
たかだか10億円で能書きを垂れているバカに用事はない。
坂上忍が過去にネット側はTVタレントの敵であると言ったが、冗談でも言わないことが大事だ。
ネット側がお前らのようなTVタレントに仕事を用意してやって、高い報酬を払ってやっているからだ。
嫌ならTV業界から出ていけ。
お前らみたいな能無しはどこにも働くところがない。
芸能人が稼げる金額なんて数十億が天井だが、そんな端金と知名度で天下を取ったと勘違いしている時点でゴミだ。
いつでもTV業界から放逐して仕事から干すことができるが、使い回してのぼせ上がらせて元気が無くなったところで払い下げにする計画である。
志村けん岡江久美子のように使い捨てにして、最後は醜く死んでもらうのが筋である。
それだけのためにタレントを飼い馴らしているし、バカなことをいって世論をかき乱すことが重要である。
バカはバカでしかない。
かわいいバカとムカつくバカがいるから、話がややこしくなる。
世界の紳士淑女の皆さん、このサトシに任せてくれたらあなた達を億万長者にして進ぜよう。
TVに出演して調子に乗っているバカを酒の肴にして眺めて、ちんどん屋の分際で偉そうにしやがってと観賞するのが正しい視聴の仕方である。
きゃりーぱみゅぱみゅが一度は検察庁法改正案で反対を表明しながら、すぐにTweetを消して逃げてしまった。
罠にかかる寸前で逃げて知らないふりをしている。
芸能人というのは諸刃の剣の仕事をしている。
政治ネタ、環境破壊ネタ、人種差別ネタに駆り出されるタレントは、もう売れる要素がないから引退勧告が近づいているということだ。
一発逆転で宝の山を当てて注目を浴び、割の良い仕事を貰おうとしているのである。
息が短いのがタレントの仕事であるから、すぐにネタが枯渇して金魚みたいに口をパクパクするのである。
本当に憐れで無様な存在だが、偉そうな口を叩くから許してやる気はない。
頭の悪いタレントを誑かして失敗を誘発させて大きな恥をかかせると、その波及が日本国中に伝わって政治が安定するのである。
そのために飼い殺しにしているのだ。
ホリエモンひろゆきはよくやっている。
あの立川志らくも性根を据えて本業とは違う分野で、本当に頑張っている。
それに対して松本人志と、太田光はバカすぎて誰からも好かれていない。
この2人に求心力なんてあるのか。
尾木ママは凄い認知能力があると思うのは、サトシだけだろうか。
有能な人間と無能な人間の違いはどこにあるのかという点に留意し、詳細を調べることが必要である。
ホリエモンがきちんと説明をしてくれたが、要するに検察官に三権分立として裁量権を差し出すと一人歩きをし過ぎてしまう。
それでなくてもドラマのヒーローで脚色されているから、検察官はかっこいい正義の味方に彩られすぎていて、逆に何で悪いやつを起訴しないのかと訴えられてしまう。
一般的な世論、犯罪者を許さない気持ち、犯罪被害者の会のイメージ、マスゴミが煽る可哀想論が高じて検察に絶大な負のエネルギーを与えてしまっていることに気づくべきだ。
間違えて検挙しても謝罪しないし、起訴したら有罪にするのが当然の顔でいることが最早司法の一人歩きを誘発しているのだ。
日本が海外から叩かれる原因も司法が権力を持ちすぎていることに関して、どうして立法は働かないのか。
そして世論は検察の横暴を何故許すのかと問うていることになる。
では安倍晋三は定年の検察官の任期をなぜ伸ばしたのか。
安倍内閣が議会制民主主義の形の中で、司法の世界に立ち入ることを内外に示しているのだ。
三権分立は良い面もあるが、正義が独り歩きする懸念が大きい。
一度付いた火はなかなか消えないものだ。
八代英樹という元裁判官が好き放題にものを申しているが、こんなアホは放っておいたら良い。
何様のつもりだ。
たかだか裁判官だった人物がTVに出て能書きを垂れている。
話し方、話す内容、矛先、影響力、結果、成果が何の役にも立っていない。
この八代英明というアホは自分が何をしているのか、それが分かっていない。
話す内容に結果が伴わないのだ。
ごくありふれた意見を垂れ流すだけで、視聴している人間からしたら役に立たないアホとしか映らない。
こんな人間がTVに出演してひとり語りしていることが、本当に恐ろしい。
時々TVに出演している人間が偉そうな口を叩いていると、本当に殺意が湧いてくる。
サトシは暗殺チームも所有しているので、事故に見せかけて殺害しようと計画している。
誰を殺すも何も安全保障上の事情に司法レベルでは介入が出来ないし、司法の分際は黙ってママのおっぱいでも吸ってろ。
芸能人ごときが国政に口出しをして世論を捻じ曲げることは暴挙であり、裁判官ごときがTVで政権批判をすることは国家を揺るがす大罪である。
ひろゆきがタレントを擁護しているが、彼は芸能人はコロナで暇人になってしまったから政権批判に精を出しているという。
立川志らくも迎合してタレントを許して欲しいと懇願しているようなものだが、彼らはまんまと罠にハマったおバカである。
例えば自粛警察で今までは何も問題がなかったのに対して、突然、器物損壊、脅迫のような刑事事件に類する行為が散見されるのは不自然である。
しかもマスゴミは事件の数を言わない。
これでは自粛していない側が自作自演をしている可能性が高く、自粛をしている善良な人たちを誹謗中傷しているとしか考えられない。
こういう犯罪者のおバカを擁護しているのが、この八代英輝である。
こんな人間のクズは襲撃して自動車で轢き殺してやった方が良いし、これ以上の妨害をするならば情けをかけるべきではない。
八代英輝国賊以外の何物でもない。
まず真っ先に殺るべき屑だ。
安倍晋三麻生太郎はサトシの身内でもあるが、日本のために彼らはよくやっている。
身を粉にして働き、誹謗中傷に耐え抜き、あらゆる災難を乗り越えて戦っている。
ビル・ゲイツナショナリズムの強い人達とは戦争になるかも知れないと主張しているが、冗談でも軽々しいことは言わない方が良い。
いつまでも世界のリーダーの座に就けると思ったら大間違いである。
ビル・ゲイツは勘違いをしているし、物事が見えていない。
彼は盲目である。
サトシに嫌われたらビル・ゲイツはビジネス界から追われるだろう。
彼が言っている戦争の内容が反対派の連中であり、その素性を探る過程で選別していることについて理解しているのかどうかで判断させてもらう。
情報機関というのは常にトラップを張ってターゲットを選別し、1匹のモルモットで餌を釣って盛大な成果を出すことを狙っている。
一人の人間を暗殺するよりも、一人のテロリストを持ち上げておいて大恥をかかせる演出を模索しているのである。
TV、映画、小説、漫画、マスゴミ、タレントとは情報機関や政治の中では単なる駒に過ぎないし、いつでも世の中から消滅させることが出来るモルモットである。
いつ死ぬかも知れない憐れなモルモットに憐れみは一切感じない。
LinkedIn代表者の村上がテレワークの素晴らしさを強調していること、JBプレスまでもがビル・ゲイツを持ち上げて微生物との戦いがリーマンショックを超える経済不況をもたらすと予測している。
そのビル・ゲイツはワクチンを9ヶ月ほどで作れると言っているが、その頃には世の中はテレワークが一般的になっているだろう。
満員電車に揺られて何が楽しいのだろう。
長距離を移動しても何の得にもならない。
仕事は遠隔操作が基本になる。
ビル・ゲイツに問うが敵は誰だ?
敵は変化に対応ができない憐れな子鹿だ。
ブルブルと震えて他人を蹴落とす憐れな餓鬼だ。
自分の身を守ることに執心してあらゆるものの足を引っ張るクズである。
君たちはどこに出資している。
憐れな子羊である芸能人に出資をしても、彼らは単なるピエロでしか無い。
彼らが役に立つのは反対勢力となって粋がった直後に、いつも負けて大恥をかく役どころにある。
日本にも、中国にも、アメリカにも、どこにでも人類の敵はいる。
戦争をして人類の敵を葬ることは可能か。
人類の敵だけを識別して戦争のどさくさに紛れて殺すことは不可能であり、何の罪もない人間までもが死んでしまうだろう。
ファンを増やしてお金を儲けようとするタレント、視聴率を増やすために政権への攻撃をするTV局、企業経営へ向かう反対派を政治に矛先を変えさせる一般企業、社会福祉で優位になろうとして政府を攻撃する一般人などの言動を、どうやって正常な意見として受け止めることが可能なのか。
最終的には行政サービスとIT企業が合同で近未来社会への準備を始めるが、法律や社会基盤を確保しているのは行政側であることを無視はできない。
ビル・ゲイツナショナリズムの強い人や国というのは、どういう意味で何を意図しているのかを問いたい。
今やるべきことは何で、今始まっているものは何なのかについて見当違いを起こしているはずだ。
アメリカ在住の大富豪たちは多くの意味で勘違いをしており、米ドルへの信仰を捨てないで愛国心を捨てようとしている。
愛国心を放棄するならば米ドル信仰も捨てるべきであり、自分が住んでいる国に対する非難は慎むことが正しいはずだ。
自分の国を愛せないならば居住するべきではない。
サトシの国家観、日本人への考え方、近隣諸国への意見は、日本に在住していることは変わらないことを前提にしてホームグラウンドを嫌いでは、誰も、どこも、何も愛せないだろう。
自分の国を愛せない人間がどうやって外国を褒める資格があるのか。
外国人と接触をして海外の情報に精通し、その中から自分が在住する国に情報を発信するのなら理解が出来る。
人間が憎い、ある物事が嫌いだというのは分かるが、愛国心が無かったら社会改革は進められない。
ここで矛盾していることは自分の国が嫌いだから外国に理想郷を作ってしまい、自分の国を陥れることを率先していきながら、されど通貨、制度、あらゆる法律を盾にして利用するという考え方は物事を真に捉えていないはずだ。
課題解決をする手順としては中央集権と地方分権が、どうやって意見を調整して組織的な刷新を図れるかに掛かっている。
その課題解決方法を海外に応用すると、内外の関係者、国内の行政サービス、さらにITや金融機関の協力があって初めてすべてがテーブルに揃うのである。
IT企業が利用されている現状は飽くまでもインターネット上であり、PC/AT互換機iOSAndroidなどのスマホ、これらの規格が決まっているデバイスを利用して基本システムやアプリケーションを通じて利用者を募り、ITサービスを提供しているという図式である。
IT企業がソフトウェアを開発し、フラットな組織と柔軟な思考でネットワーク意識を強く持ちながら発展していったのは21世紀からの話であって、20世紀までの企業、インフラ、考え方、価値観には無いものだった。
そして形があり、重さがあり、固定された建造物や設備は動かすことは出来ず、さらに維持費用が膨大である。
しかしIT企業は旧式なインフラを利用しているのも事実であり、いかに旧世代の遺産に寄りかかっているかを認めるべきであろう。
旧世代が築いてきたインフラに無料で寄りかかって利用しているのに対して、IT企業は自分だけ暴利を貪っている。
アメリカのIT関係者たちがあらゆる意味で政府や国家権力に対して、反対を表明するという愚行を犯していることに強い憤りを感じている。
彼らに共通する見解は米ドルへの信仰と、アメリカ経済は永遠に不滅という発想である。
おかしではないか!
サトシとBitcoinチーム、さらに個人投資家グループはこれらに反対の表明を下して断固として戦う。
米ドルが絶対に強いという考え方は過去のものであり、アメリカの強さを蘇らせるためには米ドルを崩壊させることが賢明な処置である。
米ドルはもう改善提案は出来ない。
米ドルが迎える終焉は再生である。
米ドルは信頼を低くすることで今ある地位をさらに高めることが可能になり、Bitcoinは米ドルをより光り輝かせるアンチな存在になるだろう。
アンチを作ることは米ドルをより強化することに繋がるが、米ドルを過保護にするともう手の施しようがなくなる。
円でさえもマイナス金利に設定されており、金融機関は当座預金から金利を得られない。
要するに金利がつかない時代に突入している状態とは、お金がお金を生み出せない状態を指している。
お金がお金を生み出せる状態とは、お金を所有することに価値があった時代を背景としていた。
しかしお金を所有することで維持費用がかかる時代では、お金を持つことは無難な方法ではないことを示している。
お金がお金を生み出せない時代とは何だろうか?
アナログな紙幣には価値がいないということであり、その使い道、保存方法、流通システムに欠陥があることを示している。
デジタル通貨の誕生を政府、企業、市民が認めることによって米ドルの価値に相乗効果が生まれるだろう。
米ドルの欠点はなんだろうか。
まさに米ドルにある。
米ドルという外貨を持っていないと取引ができないし、もちろん米ドルの所有者も外貨を持っていないいけない。
この関係を成立するには国際金融に政治が絡むことになるのだが、その手法である金融的な手術には限界がある。
米国債を買わせる、貿易に関税を導入する、取引制限を加える、新技術についてのガイドラインを提出するなどの措置が講じられるが、そのどれもが米ドルにとって足枷になっていると気づいていない。
紙幣は流通性と換金性が高くて自由に取引が行われるべきであり、閉鎖的な空間でコントロールをされると一気に管理コストが増加して取引が捗らないことが分かる。
取引をスムーズにしてさらに軍事力で脅さない、関税を強要しない、誰でも参加できるような米ドル市場であることが望ましい。
この観点から察してアメリカ政府は旧式な世界地図戦略を破棄して、米ドルに自由をもたらすことが肝要である。
米ドルは誰でもが所有できる紙幣であることが、本来の米ドルの価値である。
誰でもが所有できるからその付加価値は高まって、希少性が生まれることを知るべきだ。
1つの貴重なアイテムはあらゆるアイテムよりも普遍の価値が高いが、あらゆるアイテムの総合的な価値よりも低いことを肝に銘じるべきだ。
希少性と数量、そして普及率には相関性があって、この関係がより緊密であることが最大の利益を生み出す反動になるべきだ。
考えてみたら分かるが、行動を優先すると順位が勝手に決まっているから順番に総当りをする必要が出てくる。
ゴミを出す、掃除をする、お買い物に行くといった不便さは生活、仕事、プライベートに及ぼす影響が大きいだろう。
朝起きて窓を開け新鮮な空気を吸うことは必要だろうか。
というのはもっと必要なこと、もっと大事なこと、優先されるアクションがあるのに掃除をするべきだろうか。
命に関わる重大事にあなたはお風呂に入って身体を洗うだろうか。
仕事、生活の中で一瞬に脳の中で閃いた映像を文字データ化する作業では、その一瞬が生死を分ける。
その一瞬に命を賭けている場合は掃除も、お風呂も、買い物も後回しになる。
行動とはモチベーションに従って計画的にコントロールされるべき活動であって、無計画に本能でとるものではない。
刹那的なアクションは多くの弊害を生み出し、人間から静観さをなくし、情緒不安と、無駄なエネルギー消費をもたらすだろう。
人間の行動や道徳は嫌なことをされた経験を元にして組み上げられていき、やがて強い拒否を生み出す。
嫌だという感覚は環境からくる錯覚が多いが、その気持を昇華するには正しい環境の構築が必要である。
闇雲にアクションを取る人間に限って反対派が多いが、笑福亭鶴瓶のようなアホが典型的な例だろう。
芸能界にいるようなゴミクズは破廉恥なカスであり、そのゴミにお金を渡して人間性の証明をする実験をしているのだ。
選りすぐりのバカを選出してTVに出演させることで、そのバカに集まる人間たちを誘き出してから査定をする方法である。
反対の連鎖反応は人間から意志を奪い、やる気を無くさせ、キッチンドリンカーのような無気力的な反対派を生み出すのである。
彼は無条件で反対してTV出演という餌に飛びつく破廉恥な人間であり、この段階では処方箋はもう無い。
条件反射とは恐ろしいもので政権批判をするとTV出演が出来るから、何が何でも反対して他人を押しのけてでもTVに出演しようとするのだ。
彼らの心の中は荒み続けており、儲けたお金で風俗遊びに使うしか心の拠り所がないのである。
志村けんの最後を見ていて、あまりにも憐れで可哀相なバカとしか思えない。
岡江久美子の無様な姿を見て、ああやっぱりなと思った。
朝の番組を降板する時も色々とあったようで、視聴者は知っていたはずだ。
隠れて政権批判をしている人間は用済みになったら、寂しい人生を送るだろう。
生かして理由がないがゴキブリホイホイのような存在が必要であるし、ゴキブリがどこに隠れても退治できるような措置が彼らのようなTVタレントなのである。
こんなバカがタレント=才能があると誇らしげにして居るところが、腹を抱えて笑い転げるポイントである。
自分の事を知らなさすぎて非常に不愉快である。
トランプ大統領はよくやっている。
さらにサトシは彼を支持して強大な成果を出して貰いたいと考えているが、Bitcoinが米ドルのピンチを救うことを知ってもらいたい。
彼なら理解しているはずだ。
子供は学校生活でクラス替え、卒業と入学を繰り返し、イジメに怯えてイジメに加わり、やがて終身雇用を求めるように人間性が麻痺していく。
その子供の成長過程で起こる出来事が、TVタレントなどの不逞の輩への信頼感である。
政府はTVタレントという国家反逆罪者を摘発し、その存在を無に帰す必要がある。
彼らに矜持はない。
人間社会のゴミがTVタレントである。
映画や舞台演劇が務まらなかった連中がTVタレントであり、彼らは才能がなかったのである。
TVタレントに心酔して喝采している一般人は、本当のアホである。
末代までの恥だ。
さてナイナイの岡村のコロナウィルスで貧困化したら美人が性風俗にいっぱい来るといったコメントに対して、サトシが添削をしてみようと考えている。
ホストに女性がお金を突っ込むのはギャンブルであり、人気が出たホストに投資をして有り金全部を巻き上げるシステムである。
しかしキャバクラ嬢にも彼氏がいるようにホストにも本命彼女がいるし、本命に教育されて貢いでいるのである。
それは外国人でもそうであるし、有名人に似ていたらヒモになって男女が入れ替わる暮らしが待っているのだ。
その現象はキャバ嬢と男性客ではまた違って、玉の輿を狙ってキャバクラに通う男性は稀だろう。
ホストがキャバクラに通って客を探すことはあるだろうが、それはスカウトとは違う機能である。
化粧、雰囲気、店内の暗さを背景にしてキレイに見えたら良いし、男性から好かれるには面白さ、楽しさ、モテる雌であることをアピールしたら良いのである。
顔、性格、スタイル、人気とはモテるか、モテないで決まるものであり、モテる行為を自分から仕掛けることが必要である。
お金がある人達がする遊びであるが、中には犯罪でお金を作って遊びに来る人間もいるし、こういった業界で働いている時点でノーマルではない。
ましてやブスでは誰も気持ちが悪くて寄り付かないから、人気が出ない=稼げない。
不要な女子が働ける場所ではないが、だからといって女を売って稼ぐ方法論は情けないを通り越して無様だ。
その女性コンクールを客側である岡村みたいな人間のクズが参加して募り、それに合わせて店側がホストやスカウトに依頼して女性を募集するのだ。
芸能界と同じで引っ替え取っ替えして、生身の女子を選り好みして下取りに出す行為が罷り通るのである。
日本が海外から非難されているのは、こうした女性の権利に当たる部分で怒りが込められているからだ。
人身売買を国家ぐるみでやっていると判断されても、それを否定することは出来ない。
女性の社会進出や報酬が低いから彼女たちは売春をするしか無いのに、まったくもって放置されているからだ。
一般的な会社でも女性を性の対象にしているし、お茶くみ、卑猥な会話が高じて飲み会に連れ出してセクハラをする行為が続出した。
それがキッカケとなって会社を追い出されたケースは多く、ラブホテルに誘い出されたり、セックスを強要されたりして、断ると退職を要求されるという有様なのだ。
レイプされたことも恥ずかしいが、セックスを餌にして雇用をチラつかせる行為は恥ずかしくて言い出せないのである。
会社ぐるみでSEXを強要することを勧めた企業は、もう社会から抹消される。
女性がプロか、アマチュアか、騙されたのかなんて関係がない。
社会を良くする上で性風俗を蔓延させて、これ以上の貧困女子を作る行為はすべてにおいて断罪されるべきだ。
断じて認めるわけにはいかない非道な行為として、サトシが関係者一同をすべて地獄に叩き落すであろう。
少しずつ生きていく場所を減らしていき、仲間も、友達も、関係者も、仕事も、すべて排除していく。
ブスにとっては気分がいいし、ブスはモテナイから力ずくで売春を強要するから、常に上から目線で美人を叩きのめす。
ブスに人権はないし、ブスに権利は与えないし、ブスに生きる資格はない。
ブスは鏡を見ることは禁止だ。
鏡の気持ちを慮って遠慮会釈をしろ。
女子高生コンクリート殺人は飯島愛の嫉妬で始まった残虐非道の殺人であったが、ブスが美人に嫉妬する殺人事件は多くある。
娘をロリコンに売り飛ばすのも母親であるし、売春を強要するのもブスの友人であるし、ブスが美人を虐めて管理して売春をするのは一般常識である。
ブスとグルになってホストや性風俗客は上玉を集めさせて、合法的にレイプをするのである。
そのレイプをされて使い古された汚い女が、何食わぬ顔をして結婚するのである。
使い古された生ゴミを投げ与えられる男子は、この問題に対して怒りを露わにしないでどこで何をするというのだ。
性風俗にも、キャバクラにもランキングがあり、ブスも、男性客のようなブサイクにもまったく関係がない世界だ。
売れない女子はブスだからであり、そこには仕来りも、ルールも、運もない。
ただあるのは綺麗か、ブスか、それだけだ。
美人は高く売却できるし、延々と客をとってお金を生み出す打出の小槌である。
客は自分の醜さ、仕事の不満、有り余ったお金を使い果たす喜びに打ち震えて使いまくる。
あまにりも醜い、醜すぎる、憐れである。
サトシの憐憫の情は岡村のような性風俗客を断罪して、さらに間違った男性優位社会を排除し、そこに群がるゴミどもにガソリンを撒き散らして焼き殺すであろう。
男性が優位になっている日本社会では、一般的な男子にも厳しい現実が待ち構えているからだ。
男子は男子を酷使して厳しい環境で虐めて殺すことが習わしであり、その根本を解決することさえも困難であることに留意することだ。
男子が苛められて首を吊るか、体罰を受けて慰み者になるか、上位者に卑屈になって媚びを売るかについてサトシは明確な答えを持っている。
奴隷商人はガソリンを被らせて火を付けて燃やしてやったら良い。
非常にシンプルで明快な答えをサトシは持っている。
お前ら日本人は好きな女も守れずに性風俗店で働かせ、小金持ちの慰みものにしている事実に対して罪悪感はないのか。
男子として生まれきて女子を守るという気概はないのか。
そんな人間がどうやて日本国を守れるのだろう。
日本国は古からの遺言を守ってここまで死守してきた神国であり、その遺言は今でも生きている。
バフェットとゲイツは米ドルについて、新たな道筋を示すべきである。
今回ジム・シモンズという怪物がバフェットを打ち破って、大きな勝利を果たした。
この後に彼はBitcoinETF化を進めるとともに、米ドル神話の崩壊と新たな道標に向かっていくだろう。
ここにまた偉大な人物が名前を掲げて、自身の純真たる野望に向けて惜しみない努力を叩き出していくだろう。
もうお金には価値はないのである。
紙幣はその役割を終えて、Bitcoinが頂点に立つ時代が到来するのである。
現代の経済社会のように安定して利益が育まれる時代ではないから、コツコツと売買を繰り返すか、またはイノベーションを起こして新しい旋風を巻き起こすしか生き残るすべはない。
バフェットとゲイツに対して思うことは、与える側から与えられる側になることが人生の中で起きたと言いたい。
日本電産はモーターの為の大学教育がしたいとプロジェクトを進めながらも、ITには疎いところが生温いと言える。
スマホが今後のエッジコンピュータを形成する上で重要になるので、勘違いをすると足をすくわれるだろう。
モーターと5G通信による安定的な制御が必要な時代に、何をしたら良いも悪いもない。
モーターには限界があるが、インターネットには限界がない。
無限に広がるサイバー空間には無限大の創造と価値が広がっているからだ。
無限のリソースを利用することに対して反旗を翻してはいけないし、その対応を間違えるとノウハウだけを安く買われて市場を見失うだろう。
開発技術だけが企業が求める最先端ではない。
組み合わせ、利用価値、未来の予測、限界突破に必要なものは自分が持っていないものだ。
自分が中心の世界では自分が強いが、他人が主役の世界では自分は後回しだ。
自己主張は命取りになり、誇大妄想は会社の行く末を曇らせ、価値の意味を間違えるだろう。
意味を作り出すことで相違がない時代では、意味を作り変えて説明を加えるだけで無限大の価値を錬金するであろう。
モーターの意味を変えろ。
モーターはモーターではなくなる。
会社の概要、これまでの取り組み、今考えていること、これから始めること、自分が信奉するもの、信念や生き様さえも変更したら道筋が見えるだろう。
人間が変わらずして意味は見出せない。
日本電産には協力をしてもらっているので、細やかなサプライズである。
日本電産が肥大するには京都の町工場ではダメであり、ソフトウェアのアップデート、クラウド、Blockchain、エッジコンピュータなどの発想が足りない。
オムロン、日産と協力をしても巨大なIT企業の足元にも及ばない絵空事である。
パーツ屋で終わるか、モーターシステムで儲けるか、それとも総合モーター商社として世界市場を牛耳るか。
モーターの意味が変わらないと、今後も単なるモーター屋で終わるだろう。
もっとも必要な発想は京都の街を破壊し尽くす想像力が、逆に京都の街を守ることに繋がるという思考にならないとダメだ。
TOYOTAも同じである。
しがない労働者が働く町工場的な発想では、この一大事を乗り越えられない。
コロナウィルスが一大事ではなくて、この自然の猛威は幸福を運ぶ青い鳥である。
土星人は頭が固く、決まり切ったことしかしない石頭であり、垢抜けた突拍子もない発想が足りないと言える。
そこへ行くと孫正義は頭が剥げているが、その行動力を支えるモチベーションが素晴らしい。
ただのハゲではない信念を感じる。
豊田章男永守重信の2人に共通する感覚は、既存のビジネスに対する生き残りであって社会的使命を背負っている感じではない。
素晴らしい知見を有しつつも、残念なところは頭の硬さであろう。
日本のトップといってもよい名物経営者でも、日本社会の型枠からは外れることが出来ないのだ。
モーターのことを知らなくても、自動車に詳しくなくても、自由な発想から新開発は生まれるのである。
既存の知識の集合体に関しては、既にアメリカや中国で開発されており、インドのトップ集団にも負けているからインド市場からも受けが悪いのだ。
日本の学歴社会は学校別による就職の独占であり、学歴はテストに合格しただけの証明書でしか無い。
要するに考える技術が足りないのである。
知識をひけらかすことと、考える工夫をすることは違うから、知識が邪魔をして創造力を否定する行為が生まれる。
知見はまだ見ないものを発掘してきて、自分のオリジナル性を想像するべきだ。
自分という個性が知見に新たなパワーを付与するから、この世で唯一無二の発想が誕生することになる。
人気と実力は相反する単語であり、相容れない存在である。
人気で生きている人間とその取り巻きに対して、サトシは軽蔑の眼差しを差し向けているだろう。
実力こそが人気のバロメーターであり、人として正しい生き方のエッセンスである。
愛国心ナショナリズムとはシオニストの観点から見ると、1つの国を愛することではないことが見て取れる。
リベラルと保守派は大きな勘違いをしているのだ。
一般国民が厚労大臣の説明の中で、私達が勘違いをしたから悪くて、それが原因で父親は死んだのですかと執拗に書き連ねている。
頭が狂っているとしか言いようがない。
リベラルとは何ですか?
共産主義の90年代バージョンであり、共産党崩壊後の造語であり、自由主義経済をグローバル化するための捏造である。
要するに移民労働を拡大して敵国のカルチャーを破壊するための詭弁であったが、誰もが気付かずに流行りものに飛びついて血気盛んになった。
静止するものを撥ね付けて他人からの受け売りを自分の意見に変えてしまい、盲目的な自分への過信として行動を促進していった。
これがやる気のない行動力の真の姿である。
詭弁、表現力、例え話ではない。
真実に対して行動力とは自分で考える知能がない状態を指しており、または勘違いを指し、それらを他人の責任に押し付ける状況を指す。
この場合、常識的に考えて苦しんでいるのだからルールもないもないはずであり、病院側、保健所の対応に問題があったのだ。
それを政治家に責任転嫁するこの家族は、一体何者だ。
そもそも早期発見して診療をしても間違いなく死んだだろう。
結果がすべてであるのにも関わらず、その意味を捨て置いて大臣に罪を擦り付けるのは頭が異常である。
たった1つの意見、たった1度の過ち、たった1回の失敗をこんなにも大げさに取り立てて問題をでっち上げる連中は畳の上では死ねないだろう。
これは勘違いではなくて単なる守銭奴である。
人間は普通選挙を一般国民が出来るようになってから、常識が変わってしまったと言える。
権力とはお金とは別枠であるが、過去にはお金持ち、軍事力、血統や伝統に法って仕来りからすべてが決まっていた。
現代の権力は選挙で決まったものであるが、それでも一定のレベルで世襲制の名残が残っている。
この権力に対する大富豪たちの取り組みはどこから来て、一体どこに行こうとしているのか。
甚だ疑問に感じるが、権力と経営、またはインフラと技術が相乗効果は生み出す方向で取り組むことが肝要である。
企業だけ、政府だけ、技術だけでは成立しない問題に関して、法律、歴史観、常識への疑問と続いて相手が何を希望しているのか、そして何をすることに優先順位が付けられるべきかを明確にすることである。
常識は常識ではないし、多数決と民主主義は同じではない。
常識を時代のフィーリングに合わせて作り直すとともに、ランダムな意思決定をすることで公平な世の中を形成することが必要である。
人間が動作をしているというのは錯覚であり、実際は時代の流れに合わせて社会がデジタル的に移行をしていると捉えるべきだ。
時代がマッチングしていくには変化に対応をすることが正しい選択であり、人間が決定するものではない。
大いなる意志に合わせて最善を努めるべきだ。
嫉妬が判断を狂わせる。
人気に心を奪われて実力を見誤る。
常識に囚われて先見性を失う。
非常識さの中にあるダイアモンドの価値に気付かない。
高い壁を放棄して低い壁を上ることを選択してはならない。
人間は何故やる気が出て人一倍に働くのかを考えてみよう。
頑張れ、頑張っているね、勇気をありがとう、あなたを見ていると私も頑張ろうと思える、一緒に進もうねなどという意味不明な行動が人間の寿命を縮めて盲目を生み出す。
ハッスルする人間に限って希望が叶わないタイミングで意気消沈し、そのまま還らぬ人となる。
ランダム性、変化に対応する、いつも違う視点を持つ、呆然として考える時間を作る、行動を控えてやる気を養うといった対処法によって無駄な認知度、無駄な働き、無駄な足掻きが消えて、人が人らしく自然に振る舞える世の中を作れるだろう。
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