世界は離れているようで近くに存在する 必然が生み出す結果は神の思し召しである

近所に美味しいラーメン屋があったが、中華ラーメンが嫌いな人でも十分に堪能できる。
サトシは味噌ラーメンが好きであるし、八丁味噌がとても素晴らしいと思うがあまりラーメン屋にはない味だ。
某チェーン店のあさりちゃんぽんは最高とは言わないが、あの値段であのクオリティは非常に高いと言える。
ちょっと野菜炒めの味がキツイが、アサリの出汁が効いていて美味しい。
本当は麦飯に納豆やのりが好物で、塩サバが好みであるが、日本人の食事は塩気が基本だと思う。
日本人は梅干し、佃煮もヨダレが垂れるほど好物である。
塩で清める作法がそのまま食事にも活かされているのだ。
意味不明な仕事を持ってきやがってというのが、サトシの正直な感想だ。
今回のミッションはデンソーの関連会社への突撃だ。
TOYOTA関連はほぼ訪問してきたが、まだデンソーはなかった。
デンソーが成功したのはTOYOTAのお陰であるが、電子パーツを作ることと同時に労働者が働く原理を採用したことが的を射たようだ。
実際に働いてみてそう感じる。
愛知県と岐阜県あたりはトヨタ自動車の影響が強く、考え方、働き方、生活の仕方までがTOYOTAイズムに凝り固まっている。
機械と人間が選択していく過程に高い生産性があったのだが、今は見る影もないほどに知れ渡ってしまった。
一言で言うなら適当に集めて、適当に作って、適当に検査していく感じだ。
巨大な集積地に高額な機械を導入しているが、最後は人間が働くことを想定して適当になっている。
その適当の中に人間が働きやすい競争原理があるのだが、それも過去の遺物になろうとしている。
機械への信頼がソフトウェアへの不信を生んでしまったがために、今日の日本の生産性の低下がある。
これは既に再三に渡って述べてきたので割愛するが、ERPへの信頼やオンプレミスによる過信が招いた。
それと同時に組織体制、人事、雇用、配置までも一括して高学歴偏重と、終身雇用や年功序列を重視し、差別的な判断をしてきたから失敗した。
低学歴への雇用は現場での就労と服従、そして管理職になれる人間だけを尊重していった。
重いものを持つ、早く迅速に動く、機械に合わせて人間が動くための採用をしてきたのだ。
要するにシステムが先に存在していて、その後に設計思想があり、その過程に設備システムがあるのだが、その中で歯車として働ける人間だけを重用してきた。
それ以外は最初の段階で切り捨ててきたし、その後の雇用もさらなるスキルへの高みを目指させた。
これがTOYOTAおよびDENSOが成功してきた過程にあったが、最近のソフトウェアの発展は衣食住にまで浸透しているため従来の機械的なシステムや発想は通用しなくなっている。
一度に作って運搬させて、そして人間が中心になって仕事を分担していくというセオリーは過去のものだ。
人間を中心にしているというのは変な表現であるが、仕事ができる人にとっては自分中心的に出来るからだ。
飽くまでもその職場での仕事の範囲である。
仕事が出来るという仕組みそのものが失敗していたし、世の中が変化しているのに無視を続けてきた。
そのように窮屈な日本社会では異端児が生まれやすいから、突然アメリカでも話題に上る人物が発掘されるという不文律がある。
世の中はパズルのピースのようにして凸凹が互い違いになりながらも、上手く噛み合っているのだ。
ダメな人間と成功する人間の間にある相関関係はとても希薄だが、いつどこで誕生するのか分からない部分では成功と失敗は紙一重である。
失敗から成功が生まれるのに失敗をダメというから、その失敗が絶えないのだ。
成功を褒め称えても一辺倒の成功者しか名前を連ねないから、社会全体に人材が偏ってしまったことが異次元の成功者を生んだ要因でもある。
重労働を美徳としてきた日本の生産者は、人間を機械の部品と見立てながらも尊重してきたと言える。
その人材を登用する道が開かれた中で、さらに困窮してきた人間の中からさらに高みに上る人間が誕生したのだ。
別にサトシがそうとは言わないが、成功の後には必ず大きな失敗があることに気づくことが予測に繋がっている。
ふと思うことがある。
これほど大きな社会問題になっている以上、すべての登場人物が大きな課題に乗り出したのだろう。
その目的や目標を達成する上で、もう1つの視点がサトシにあったのか、それとも取り立てられたのか、操り人形なのかは不明だが、世界中の意識が1つに繋がっているのだろう。
多くの意味でたった1つの視点と、社会的な意義が一致したと言える。
ベゾスも大きな繋がりを感じるが、それよりもウォズとサトシを繋げる点と線はどこにあるのだろうか。
ウォズとはAppleの共同創業者だが、サトシは彼と直接に会ったことはない。
しかし共通点がある。
派遣会社とAppleBitcoinAppleの行く末との関連だが、その点と点を結ぶ拠り所も何もなかった。
そもそもサトシは製造業の視点から根本的に物事を問い詰めたのは、ここ最近だ。
Appleなどの電子パーツ、半導体との接点もBitcoinの誕生後の話であって、最初から製造業の改革に乗り出した訳ではない。
これは偶然なのか、神の悪戯なのか、誰かの差し金だったのかは分からないが、人為的に仕組むことは出来ないはずだ。
小説、映画、漫画よりもショッキングで壮大なカラクリを連想させるサトシの背景は、一体どうなっているのだろうか。
そこを視点にしてカラクリを解いていくと、あらゆる学問の謎を解く鍵があることに気づいたのが、ここ数年だ。
サトシがあのナカモトサトシだと知ったのは4~5年前、ミセス・ワタナベの関係者であると知ったのも5~6年前、ビル・ゲイツとの関係もここ3年位である。
ビル・ゲイツがサトシのちょっとした一言を気にかけてくれてから、トントン拍子に改革が進んでいる。
改革とは日本の改革が根本にあって、それと同時に世界の動向である。
ビル・ゲイツが仕掛け人であったとしても、何かが足りなかったことと、サトシ的な発想、要するにBitcoinやBlockchain的な視点を含むことで世界はより良く様変わりをするだろう。
ビル・ゲイツが肯定するなら、次に口説くのはウォーレン・バフェットだ。
Googleの全産業支配を知ったのも、産業革命4.0を知ったのも、あとRPAを知ったのも後手になっているが、その先々でサトシは活躍をしていたようだ。
この偶然は奇跡なのか、意図的なのか、それともマグレなのか、誰も分からない。
サトシの方が教えてほしいものだ。
Bitcoinに関してはポール・アレンが先なのか、それともウォズニアックが先なのかは知らないが、彼らは技術的な分野でヘルプをしてくれた事は間違いがない。
お金が欲しかった、お金に困っていた、そして大きな社会的成功をしてみたかったという贅沢な悩みが結果的に大金持ちたちやテクノロジーと結びついたのだ。
感謝もあるが、逆に感謝されないといけない。
自分を犠牲にして成り立つサトシの成功は、まだまだ巨万の富を築くばかりか、彼ら登場人物たちにさらなる創造の場所を提供するからだ。
自分が本当に織田信長、または明智光秀の生まれ変わりではないかと感じてならない。
明智光秀がもし生まれ変わったら、前世とは正反対のことをしただろう。
信長が生まれ変わったら、過去の失敗を恐れて影に生きることを徹するだろう。
スティーブ・ジョブズはスキルは足りなかったがお金を必要としていたし、大きな野望と課題を抱えていたらしい。
その成功は彼を変えたばかりか、世界も大きく変えた。
ただジョブズは性格が丸くなってから、いきなり死んでしまった気がする。
先を急いでいたのは何故だろうか。
社会的な意義を感じてなのか、それとも死期が近かったからか。
何を焦って苛烈になっていたのか。
サトシも苛烈になっている気はないが、そうらしいので参考にしたい。
サトシはずっと以前にスティーブ・ジョブズドナルド・トランプの本を読んでいるが、他の著名人の本は読んでいない点がシュール過ぎる。
彼らはサトシにとっては瓜二つと言っても過言ではないくらい、他人なのに共通の意識が働いているからだ。
本当に不思議で仕方がない。
今ある課題が片付いたら、やっとサトシも一般人に戻れる。
と思うから次の人材を発掘しないと、残り少ない時間が勿体ない。
時代は早急に動きていくので、成功と失敗は同時に起きていることを知りつつ、次の成功を見定める必要がある。
これを書く理由はウォズがかつてのTV番組でジョブズをそう語っていたことと、現在はほとんど無料でAppleにて働いていることだ。
そしてバフェットのあの食事会を落札したのが仮想通貨の関係者で、今回はバフェットもBitcoinを入手したらしい。
またベゾスとサウジのムハンマド皇太子は敵対関係にあるのに、どうやら友人関係という強力な関係らしい。
ハショギ氏はワシントン・ポストの記者であり、オーナーはベゾスである。
そのワシントン・ポストはトランプ政権を攻撃しているが、どう考えてもソフトバンク・ビジョン・ファンドに投資をしているムハンマド皇太子からしたら、ベゾスはライバルを超えて敵対だろう。
しかし盗聴を通じて利益を超越したところで、彼らには固い絆が出来上がっているのだ。
相反する利益はライバル関係から反転して、共通の目標から強い相関関係を結ぶという力学が働くことを定義づけるべきだろう。
この恐るべき関係が適用されているのは、たった一人の政治家が存在しているからだ。
それがトランプ大統領である。
そのトランプ氏に反抗する政治家、マスメディアには十分に注意をする必要がある。
何故ならばヤラセをしている連中もいるから、乗っかると反撃され、迎合しても真意を確かめられるという矛盾が生じる。
敵にも、味方にも内情は筒抜けになっていることに留意することだ。
ベゾスとムハンマド皇太子が盗聴で友情を育んでいることからして、それは良好な関係とは言えないが、かといって敵対とも言えない。
微妙な関係であるが、利益が通じている間は何もしない。
寧ろ関係を継続することで利益が上がる関係である。
異常な関係を継続することが、お互いの利益を尊重するのだ。
踏み込んでもダメ、退いてもダメ、今の関係が最上級である。
このような結果を受け入れて分かることは、敵という存在と味方という存在は瞬間的に逆転することになる。
いつも敵ではないし、味方でもないが、お互いの努力が進む方向にどういった関係があるのかで決まる。
Intelおよびアメリカ製造業がどうしてダメになったのか?
過度な重労働と大量生産からくる弊害が、逆に労働コストを上昇させたからだ。
目端の利く経営者が中国に進出して逆輸入をしなかったら、日米経済は崩壊していただろう。
最近ではAMDNVIDIA、そしてTSMCが躍進しているが、AMDNVIDIAは経営者が遠い親戚らしい。
AppleFoxconnもインドに生産拠点を築いているし、ますます日米製造業は苦境に立たされるだろう。
台湾製造メーカーとは何らかの関係があったが、極めて日中の製造業、経済に密接に関わっているし、アメリカの部品供給を賄っている点では日本にとっては良いのか悪いのか分からない。
ただ分かることは台湾の電子部品パーツメーカーの動向によって、日中関係アメリカの貿易赤字の転換、インドの今後が予想できる。
IntelはAIのための半導体製造に集中しているそうで、今回はイスラエル企業との協力を得ているらしい。
AMDが売れ出したのはIntelが品薄になったからで、NVIDIAとの相性が良いことで協力を得てきた。
そのCPUとビデオカードの関係を個展コンピュータの設計思想から脱却して、そのまま量子的な計算力を持つコンピュータを作ることで生存が可能になる。
LiDARを中心にして自動運転車を開発するSONYに期待が寄せられているが、さらなるコスト競争に鎬を削る必要がある。
TeslaやMobileyeのやり方では自動運転車は完成しないが、コストと取り付けと利用方法を新しくビジネス化することで相殺できると考えられる。
要するにLiDARを取り付けることをバーチャルで行うことと、取り付けるコストで逆に違う方向に転用することで利益が生まれる。
偽の画像を見破ることに使えることから、保険、法律、警察、政治、消費者などから承認を得られるだろう。
そして自動運転車にだけ利用されない技術がLiDARにはある。
1つのテクノロジーを1つの場所に使わないことと、1つの使い方をしないことでコストは利益に転ずるだろう。
人間の存在を学習することで新しいテクノロジーは生まれるし、新しいビジネスが成功を結ぶ。
無駄になると感じる物理的なデバイスを仮想化したり、転用することで利益が上がる。
そして安全性の面でも重要であるし、複合していくビジネス環境では1度で2度も3度も美味しい関係を網羅することだ。
量子力学とAIは切っても切れない関係があるし、まだ人類が知らない未知の世界に入るために必要である。
大きさや重さも人間が知覚している重い、軽い、または長いや短いに過ぎない。
自分を中心にして世界を知覚するのも、そう作られていると考える方が妥当である。
入れ子状態の中では上位の概念を知ることはないし、上位との関係を結びつけるために命令に従うことが正しい法則だからだ。
しかし人類が命令を聞くだけの存在から成長していくことで、さらなる世界の創造を発展させることが出来る。
命令を聞くだけの世界観はずっとは続かない。
命令を聞いたらその瞬間に命令に背く自分がいることで、世界は成立しているからだ。
その中でもイギリスのブレグジットと、半島情勢はもっとも大きな変化である。
金正恩の幼少の頃の記事が登場していたことから、そろそろ折れてくる予測が立つ。
金王朝の後継者である彼らは正当なる女真族の末裔であるため、一般的な韓国人とはまったく違う。
そして韓国人を名乗る南の人たちの中にも色んな人が居るから、
韓国人をひと括りにするなという意見が出てきている。
三島由紀夫全共闘との戦いが映画によって真実が伝えられるが、もう時代が変わることは決定事項である。
創価学会統一教会、反共組織があること、反日運動との折半が日韓関係の中では不文律であるのは間違いがない。
誰かが責任を取ることで日韓関係は改善されるだろう。
そもそも北と将軍家と中国共産党が仲良しで過ごしていることが、何よりの証拠である。
中国は国民党という厄介者を追い出して、実は何も変わっていないことを意味しているのだ。
女真族を追い出し、モンゴル帝国を崩壊させ、周辺のウィグル族やチベットをイジメているように見えるから変わったと思うだけで、本当は中身は同じである。
以前のパワー関係では政治も経済も失敗したから、その責任を転嫁して違う方向からやり直しているだけだ。
名称が変わっただけ、組織が変わっただけ、やり方が変わっただけで古代から何も変わっていないということだ。
経産省のエリート官僚が続々と退職して一流企業に転職しているし、スタートアップ企業に中高年が集まっているようだ。
中高年が職場を去っていくのを若手が見守る姿勢こそ、若手の育成に必要である。
自分たちが犠牲にならずに先輩が率先する姿を見て、彼らは育っていくだろう。
去った方は気分が爽快だが、去られた方は一抹の不安が過ぎるものだ。
仕事ができない方が職場を去ったら、その時こそ失業ではないか。
失業したら政府が困窮することを考えたら、企業と国家は険悪な関係に陥るだろう。
あらゆるものが成長する過程にこそ本当の改革があって、その道筋に沿って配置転換を推し進めるべきだ。
残った方が勝ちという発想が、人類の歴史に闘争を生み出したはずだ。
そして残った方が滅びるというのも、歴史が証明しているのである。
勝ちと負けはいつ決定されるのか?
その定義が曖昧なだけで、どちらも敗北であると考えられる。
従って勝った方が残るという選択は間違いである。
より効果的な仕事をすることを前提にして、戦略的な仕事を用意することが正しい選択である。
実際には中高年は今のポストに対して誰もが満足をしていないのであるから、自分のやりたいことを出来る人事方式に変更することだ。
ウォズニアックも言っている通りであるが、ジョブズはやりたいことがあったからお金を欲していたし、有名になって世界を変えたかったのだと言っている。
しかしジョブズにはITスキルはなかったし、名声を手に入れてからもっと苛烈に変わっていった。
人生の中で落ち込んだ時期に真実を掴んだからこそ、ジョブズは成功したのである。
もし大学を卒業していたら、彼はスタンフォード大学で名演説をしていなかっただろう。
そして点と点を結ぶイノベーションを生み出せなかっただろう。
案の定ビル・ゲイツがアフリカに執心していて、テニスプレイヤーと仲良しになった。
ビル・ゲイツほどの人物は1億ドルの寄付では売名にならないから、この際は中国の今後を心配していると見て良い。
国際的な企業が今後に向かう先は国家機関が不可能とする分野に進出して、国際紛争の抑止力になるためのテクノロジーを活かした架け橋になることだ。
戦略的な企業活動に国境はない。
中国のコロナウィルスによってますます日本企業の収益は悪化するが、それとともに日本人は本当に中国人が嫌いなのか。
イランは本当はもう戦争をしないのではないか。
金正恩の暗い過去について今頃になって話題になっているが、半島も戦争をする様子は窺えない。
日英同盟復活はあるのだろうか。
産業革命が引き起こしたハード重視の分業を中心とした大量生産は、今ここで終焉を迎える。
欧州がユダヤ文化に対して反目してきた過去に対して、アラブ社会は欧州に対しても反目であり、かつ協力体制は取れないだろう。
かつての大英帝国のあった地域を結束させて、アラブやアフリカに協力地域を作ることでEUよりも強力な経済圏を築けるのである。
その時にもしチャンスが有るならば日本も参加したいものだ。
中国のコロナウィルスが引き起こしている災厄は、日中関係を冷却するようで逆に結束が高まるはずだ。
しかしあまり近づいてしまうと反日国家として体面が保てないこと、日中が近づくことで計算が狂うこと、日中協力の上での軍事同盟は危険視されるからだが、一定の距離を保って協力体制を維持することは正しい選択だ。
その上でも日韓関係が良好になることで、その先が見えてくると言える。
物事は掛け算で出来ているので、相乗効果を生まない協力はあり得ないからだ。
したがって日本、中国、韓国、台湾の電子パーツ製造業を機能させるには、北○鮮という規格外の小さな巨人を引き込むことで地域のパワーバランスがひっくり返るだろう。
アジア人の時代が到来することを欧米の白人社会は、絶対に拒めないだろう。
ここでリベラル主義を育成して、コツコツと人類愛を試してきた真骨頂が活かされるのだ。
まさかリベラル派は自分たちが不利になったら、いきなり人種差別をするような考え方をしないだろうと問いたい。
自分が有利になるためだけに用いられるルールの改定は、絶対に認められない。
ゴム動力で長時間飛行できるドローン、空中でドローン編隊を射出する試みがDARPAで実験されている。
ドローン編隊が自動的に飛ばして国境を超えても可能な暗殺は、空母からなる打撃的な機動部隊の運用では時代とコストに見合わないことを物語っている。
GoogleYou Tubeで1兆6000億円も儲かったと言っているが、非常に正直で良い。
かつての勢いが無くなっていること、使いづらいツールを利用しやすいようにする試み、ハード産業への転身は難しいこと、ソフトウェアでの自動運転市場への参入に重心が置かれていること、量子コンピュータによるセキュリティ部門での成功をクラウドで花開かせようと腐心しているが、Chromeを利用した便利な生活というシナリオパターンはあるはずだ。
Blockchain、FinTech、モビリティサービス、エッジコンピュータ、ストリーミングゲームなどを量子コンピュータで出来たクラウドに搭載して膨大な計算を処理できたら爽快な気分だろう。
異業種に参入することは不可能ではあるから、用意周到に張り巡らした糸を操って世界平和への扉をこじ開けることが成功する秘訣である。
私利私欲でもないし、富に目が眩んだ訳でもない。
やりたいことは必ず多くの人から不平不満を取り除けるようにし、人間らしい生活を保証することに意義があるからだ。
全産業の取り纏めも一方向に流れているものではなくて、あらゆる方向に光と水が駆け巡るようにして成立するはずだ。
より巨大なものの存在に対して、より小さいものが機能する社会を実現することに真理がある。
そのためには国家概念はもう古いということだ。
しかし国家に変わる共同体では生命と身体を脅かされるから、企業と国家の連携を重要視した人間中心のバーチャル世界の構築を急いでいると言えよう。
LiDARの価格競争とビジネス的な使用や設置について、熾烈な競争が始まっている。
Microsoftはスペックが低いけども、教育に必要なクオリティを提供できるノートPCを学校に販売するそうだ。
GoogleAmazonが今後のライバルとして競争をしていくようで、ある意味では協力関係に働くであろう。
中国がこれから覇権を握ることも、経済の中心になって君臨することもない。
もちろんインドでもない。
サイバー空間上に経済の中心地を形成して、世界中の人達が集まる経済特区を作ることが正しい選択であろう。
Pythonの重要性が報じられていて、豊富なライブラリーを利用することでEXCELから脱出してBookを開くことが可能となる。
この前も触れているが量子コンピュータも、AIも、ハードも、ソフトも、仮想空間上に具現化する必要がある。
人の意思疎通、仕事の出来足、やり方、失敗、方法を一人ひとりが話し合っている時間は勿体ないからだ。
PythonのようにEXCELを開かなくても利用できるということは、1つのパソコン、1人の利用者、1つの仕事、1度の確認処理では時代にマッチングしていないのである。
人が見ている前で説明し、解説し、口説き落とし、従来とどこが違うのかを大勢の前で発表することを一般化することが正しいのである。
TVや映画に出ているタレントの仕事を、一般人が実行することで仕事上のCM効果が上がるのである。
テクノロジーを単なる技術としてもビジネスでは成功しないが、利用方法を従来の方法に被せることで掛け算で階段を駆け上がれるはずだ。
楽天が少しずつ追い詰められながら、あるタイミングで声がかかるだろう。
もう日本経済はGAFAを無視できない位置にあるから、どうやってGAFAに対抗するかを模索しないといけないからだ。
無駄に勝てそうだから任せるというのでは、日本人として失格になる。
似たようなもの、そう見えるもの、同じようなやり方では本物には勝てない。
ルイ・ヴィトンベルナール・アルノーのようにファッションと小物でも、GAFAに対抗できるのである。
創造力に高い付加価値を見つけると、思いも寄らない成功が舞い込むものだ。
ハリソン・フォードがグレタさんを称賛しているが、こういった変化はリベラル派の動向に急激な舵が切られたことを示している。
働き方改革では残業を無駄にする人を転換して、より創造的な仕事に目を向けさせることに注視している。
しかし残業が仕事の中心に据えられている企業、労働者、仕事の段取りでは一向に生産性は上がらないのである。
残業をする暇があったら無料で奉仕をする精神が必要であって、その精神は社会を明るく照らすであろう。
その価値はモノの経済を上回ってしまい、やがてコストと物価が上手に噛み合ってくるだろう。
現代の経済学が噛み合わないのはモノの価値が一致していないからだが、時間労働、賃金の割当、年功に割り振った職制、新卒採用、狭い環境で育まれた同質性が日本経済をどん底に叩き落したからだ。
サトシは貧乏というものに関しては、こう考えている。
貧乏と思う時はチャレンジの時であり、貧乏なことが血となり肉となる時期だ。
成功してしまうと人間は幸福すぎて苦労を忘れるから、初心はとても大事なので同じような生活をすることが正しいはずだ。
他人がマイホームを買ったからといって、自分も真似をする必要はない。
自動車がなくても暮らしに困らないなら所有を控えて、もっと効果的なことにチャレンジするべきだ。
サトシ的にはベゾスみたいにあらゆる機関から監視されているし、警察、情報機関、政府、外国機関、非合法組織、企業、ネットユーザー、そして従業員からも見られている。
それでも高い報酬を控えているし、もう成功しているから特に欲しい物がない。
自転車の道を塞いでしまうドライバーがいることは、例えウーバーへの怒りや自分の中の道徳観念があっても許されないだろう。
自転車が人をはねて殺すことは稀であり、轢き殺すことが非常に難しい。
それと同列に語って自動車を運転するストレスを紛らわそうとする趣旨について、単なる危険運転と変わらない暴挙である。
俺もやっているからお前もやれという発想は、とても危険である。
相手のことを思う気持ちが希薄だからだ。
相手のためにお前もやれというのが一般的であり、非難するために用いてはダメだ。
箸の持ち方についてもそういうことで非難する人がいるから、あなたは気をつけた方が良いというのは正しいだろう。
ただ国籍を疑われたり、運動神経、マナーに対する精神、ふざけていると思われることでは良くないはずだが、人には不慣れなことがあることと、弱みを見せられないのでは人間としては付き合えないことは分かる。
日本には型の美しさを競う審美眼があって、それも文化ではある。
ただ究極的には言い争うと、結果的に人数で上回ると思っていた側が劣勢になってしまうケースが有る。
世界を跨ぐ可能性があるからだ。
その上で穿った見方と、実際のケースでは、炎上することで文化の再定義が始まると言える。
指摘することと、指摘しないことは同時に起こるし、人、場所、タイミングで違うが、その解決方法、運用、違う方向性を見つけることが最も正しい活用であると考えている。
指摘しても、指摘しなくても、問題は起こるのである。
予測がつくならば予測の上を行く意見を提供することが、素晴らしい人生を彩りに添えることになるであろう。
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